tilt-shiftな厚別。こういうミニチュア風に撮れるレンズがあるのだが
この場合はそれで撮ったかのような加工仕上げ。
私(達)はこのチームを豊かにするべく日々努力、
その気持ちは結果如何ごときに左右されない。
そうでなければ、我々がいちいち結果に左右されたんであっては
本当に地域に根差したクラブになんかなれないじゃないか。
だから勝とうが負けようが、自分達のやるべきことは地道に毎日粛々と。
チームのためならなんでもやる。
でもそれは「チームのため」であって必ずしも「選手のため」ではない。
基本的に選手は選手で自分ひとりの力で立たなければならない。と思う。
その上で、自分ひとりの力ではどうにも立ち行かなくなった場面にこそ
応援の諸々は差し伸べられて また効力を発揮するものじゃないのかと。
極論すれば私は別に5位争いで今年終わるのならそれでもよい。
でも、選手はそうではないはず。一年チャンスが伸びればその分彼等の未来の選択肢も減ってゆく。
それがわかっていて、危機感を抱いていながら単に技術がついていかないのか
わかっていなくてやってないのか。
前者であるならシーズンが終わる頃には、選手としてひとつ階段を上ることになるだろうし、後者であるなら来年姿を見ることがないかもしれない。
誰が己の難局に立ち向かっていくのか。
なによりそのことをしっかりと見逃さないようにしたい。
そういう選手にこそ歌も声も届けなければ、届かなければいけないと思うから。
2009/05/31
立ち向かう
2009/05/27
うごかないということ
このあいだ父方のばあちゃんが97にして大往生して。
葬式のために旭川まで行って、しばらくぶりにばあちゃんの顔を見た。
しばらくぶりだったけど、以前と全然変わってなかった。
「眠っているような」という形容がピッタリだったんだけど
死んでいるのだから寝ているわけではない。
もう何も動いていない。動くことがない。血が流れていない。
ほんのわずかにも反応することがない。
死んじゃうってのはもう本当に、なにもうごかなくなることなのだと
二度と動かなくなることなのだと
なんだか急に思い知らされた。
97までも生きたら諦めもつく。でも諦めるのとかなしいのとは全然違う。
97まで生きようが100まで生きようが、
うごかなくなってしまうことは ただ かなしい。
これが「若くしての」とか「不遇な」とか「なぜ」とかだったら
かなしいうえにあきらめることもできない。
だから私達は諦めがつくまで生きなきゃならない。
誰にも悲しまれずに死ぬ人がどこにいるものか。
2009/05/14
go crazy
LDR - Live!
Originally uploaded by Pankcho
またしてもフラン君からメールが来たのだった。
自分の撮ったビデオ見て見てー って。
彼等がカラカスFCは一昨日リベルタドーレスの決勝Tの1回戦のホームを戦い、H&Aの2試合の結果で勝ち残り、クラブ初のベスト8に進出したという。
準々決勝はグレミオと!なんだって。
なんだか先方の熱気が直に伝わってくるようで、わがことのように興奮しちゃったよ。またこのビデオも凄いし。火の粉が飛んでるしw
こんなところでサッカー見たらなんだか世界観変わりそう。
南米はどこ行っても命がけ風味だが、それでもいい~
生きてるうちに一度ぐらいは欧米のどこかにサッカー見に行きたいな~
それもあえてあんまりメジャーじゃないところがいい(笑
イングランドでも2部より下とかそういうほうが興味深々。
上のビデオはFlickrのもの。Flickrでもビデオ投稿出来るのだ。90秒以内だけど映像のクオリティは高いかな。上に貼り付けてあるのは小さいけど、リンク先に飛んだらもっと大きいやつで見れます。
2009/05/07
たとえ敗れようと
厚別の桜。
GW厚別開幕だったら花見も同時に楽しめただろうに、ちょっと残念。
今年の厚別開幕の頃にはオオデマリが咲き始めているかな。
厚別開幕に向けて、17日にはクラブのポスティングと一緒に
チラシポスティングもやりますので、よろしければ是非に。
今年のオフ期間はこのチラシ打ち合わせもそうだったけど、
とある東欧の国のサッカーウェブ運営者の方から頼まれて
うちのチーム とりわけサポーターについて英文長文を書いていた。
軽く地獄を見た というのはともかく
先方からの依頼内容は、いろんな国のいろんなチームのサポーターの
それぞれの情熱の形を探りたいということで、特に応援のことについて
「他のチームと明らかに違うことって何?」とか色々聞かれた。
そんでチラシ打ち合わせの時にUSの中の人らに聞いてみた。
「歌詞じゃね?」「歌詞」「だよねー」
それを聞いた日は、ちょうどカルナヴァルの歌が提案されたときで。
いい歌なんだけど、狙いもいいんだけど、でも たとえ敗れようと って
さすがにちょっと歌いにくくね?って私は反対派だったわけだが(笑
絶対譲らなさそうだったので、
早々に諦めて早々に歌詞を覚えて脳内練習をしていた。
この辺の切り替えの早さは私は相当だ。
歌い始めた12日の富山戦は、しかしあのような内容で終わって。
それでも(明るい)チラシ作らなきゃいけなかったから、
そういうときに自分を奮い立たせたのは「たとえ敗れようと~♪」だった。
スーパーリフレイン状態。口を開けば歌いだす。敗れてないんだけど。
敗れたって私達の情熱は変わらないんだ!そうだ!
セレッソ戦から勝ち始めた後に、
前出の東欧の国のサイトに私の書いた文章がめでたくも掲載され。
私の文章の大意が先方によって見出しとして載っていたんだけど、
「世界の端にある、崩壊(倒産)の危機に常にさらされている小さなクラブ。
サポーター達はチームを救うため、彼らの全てをチームに与える」
それを見たときに、ああ、やっぱり私達は「たとえ敗れようと」なんだって
そしてそれは応援の規模だのスタイルだのなんかよりも
よほどストレートに異国のファンの人達に届くんだって
ものすごい腑に落ちた。
勝とうが負けようが、私達はこのクラブを大切に育てていく。
やれることは自分達の手でなんでもやっていく。
それでいいんだ!と思ったらなんか急に爽快になった。
自信を持ってこの道を進んでいくぞ。
そしてなぜかそれから負けなくなってるってのは まこと面映い。
2009/05/04
雨あがりの夜空に
コーコーセーになってはじめての学校祭は、しかし雨だった。
ほんとは外でやるはずの後夜祭が体育館になった。
でもその体育館での後夜祭はアツかった。
3年生の先輩達のコピーバンドが、
それはそれは場を盛り上げて、
1年生の自分達には先輩達がほんとにかっこよくみえた。
リアル紡木たくの世界。
センパイらが歌っていたのが
「雨あがりの夜空に」だった。
スローバラードとか。宝島とか。東京トンガリキッズとか。
そういう辺りの80年代半ばの言葉が駆け巡る。
むちゃくちゃやってるなって思っても
それは共感出来ないよと思っても
それでも「かっこ悪い」と思ったことは そういえばなかったな。
あっちの世界で、かつてのロックスター達には
もう会えたかな…
2009/05/01
Warriors
Flickrの中に早速新型インフルエンザ写真Poolが出来ていた。いくつも。
報道精神なのか、単に逞しいのか なんというか。
その中でCC設定してある写真を一枚借りてみました。
「自分達のスタイルを失うことなく、新型インフルエンザから身を守る」の図。
日本でもしインフルエンザが出てきたら、
我々もまごうことなく 赤黒縦縞のマスクで街を闊歩すべきだろう。







